週末の爽やかな空気に誘われて、私は愛車の大型バイクとともに山間のワインディングロードを走っていました。目的地は標高千メートルを超える展望台で、そこから見えるパノラマビューを楽しみながら飲むコーヒーは格別です。順調に走行を続け、展望台の駐車場にバイクを停めて景色を満喫した後のことでした。帰路につこうとヘルメットを被り、グローブをはめて、ふと腰元のキーケースに手を伸ばした瞬間、指先が空を切りました。いつもそこにあるはずの鍵がないのです。背筋が凍るような感覚が走り、私は慌てて周囲を見渡しましたが、アスファルトの上には何も落ちていません。 カバンのすべてのチャックを開け、ジャケットのポケットを裏返し、ゴミ箱の中まで探しましたが、鍵はどこにも見当たりませんでした。展望台へ歩いていった砂利道や、写真を撮ったベンチの周りも何度も往復しましたが、見つかるのは小石と落ち葉ばかりです。時刻はすでに午後四時を回り、山には霧が立ち込め始めていました。携帯電話の電波も不安定なこの場所で、鍵を失くすということがこれほどまでに心細いものだとは思いもしませんでした。予備の鍵は自宅の引き出しの中に眠っていますが、ここから自宅までは百キロ以上の距離があります。レッカー車を呼ぶにしても、この山奥までどれくらいの時間がかかるのか、そしてその費用がいくらになるのかを考えると、暗澹たる気持ちになりました。 途方に暮れていた時、展望台の売店のスタッフが親切にも、近隣で活動している出張鍵屋の連絡先を教えてくれました。藁にもすがる思いで電話をかけると、幸いにも一時間ほどで駆けつけてくれるとのことでした。待っている間の時間は永遠のように感じられましたが、やがて山道を登ってくる作業車のライトが見えたとき、私は心底救われた気持ちになりました。やってきた職人さんは、私のパニックを察してか「大丈夫ですよ、すぐに作れますから」と優しく声をかけてくれました。彼はバイクの鍵穴を覗き込み、手際よく鍵の段差を読み取ると、作業車の中に設置された精密な機械で新しい鍵を削り始めました。 作業開始からわずか三十分ほどで、一本の真新しい鍵が完成しました。職人さんがその鍵をイグニッションに差し込み、回した瞬間、エンジンが力強く目覚めました。その排気音を聞いたとき、私は安堵のあまり膝から崩れ落ちそうになりました。支払った費用は出張料を含めて二万五千円ほどでしたが、あの状況から脱出できることを考えれば、決して高いとは思いませんでした。帰り道、夕闇に包まれる山道を走りながら、私は自分の不用心さを深く反省しました。鍵を一つしか持たずに遠出をすることのリスクを、これほどまでに痛感したことはありません。この日を境に、私はツーリングの際には必ずスペアキーを財布の中に忍ばせるようになりました。一本の鍵が、これほどまでに自分の自由と安全を支えていたのだということを、あの静かな展望台での孤独な時間が教えてくれたのです。