亡くなった祖父の遺品整理をしていた時のことです。古い屋敷の押し入れの奥深くに、ずっしりと重い緑色の手提げ金庫が鎮座しているのを見つけました。祖父は几帳面な性格でしたが、晩年は物忘れがひどくなっており、家族の誰もその金庫の暗証番号を知りませんでした。金庫を振ってみると、中で金属がぶつかり合う重厚な音が聞こえ、私は得体の知れない期待と不安を抱きながら、自力でこの金庫を開ける決意をしました。ネットで「ダイヤル式金庫の開け方」を調べると、音を頼りにする方法や、特定の法則に従って回すコツなどが紹介されていましたが、現実はそう甘くはありませんでした。 最初の一時間は、ただ闇雲にダイヤルを回し続けました。右に回し、左に回し、時折耳を澄ませて内部の音を聞こうとしましたが、聞こえてくるのは空虚な金属の摩擦音ばかりでした。映画の登場人物のように、聴診器を当てれば簡単に番号が判明するのではないかと考え、実際にそれらしい道具を自作して試してみましたが、素人の耳にはどの数字も同じ響きに聞こえました。しかし、諦めきれずに格闘を続けるうちに、あることに気づきました。祖父が好んで使っていた数字の組み合わせです。祖父の誕生日、結婚記念日、そして私たちが住んでいた古い住所の番地。それらの数字を組み合わせ、何度も何度もダイヤルを回しました。 指先が痛くなり、集中力が途切れそうになった頃、私はある裏ワザ的な記述を思い出しました。「古い金庫は、ダイヤルを回す際、一方向にわずかなテンションをかけ続けると正解の場所で引っかかりが生じる」というものです。私はレバーを解錠方向に軽く引き続けながら、ダイヤルを極限までゆっくりと回しました。すると、特定の数字の付近で、これまでにない確かな手応えを感じました。内部で何かが噛み合ったような、微かだけれど決定的な感触です。私はその数字をメモし、次の段、その次の段と同様の作業を繰り返しました。まるで霧の中から輪郭が浮かび上がるように、四つの数字の組み合わせが見えてきたのです。 最後の一回しでレバーを引いた瞬間、重たい蓋が「カチリ」という音と共に持ち上がりました。中から出てきたのは、金塊でも現金でもなく、祖父が大切に保管していた古い写真の束と、家族一人ひとりに宛てた短い手紙でした。金庫を開けるという行為は、物理的な障壁を取り除くだけでなく、封じ込められていた誰かの想いに触れるためのプロセスなのだと、その時強く実感しました。専門業者に頼めば数分で終わったことかもしれませんが、あの数時間の格闘があったからこそ、祖父が遺したメッセージがより重みを増して感じられたのです。自力で金庫を開けるという経験は、忍耐と観察眼、そして何よりもその持ち主を理解しようとする心が必要であることを教えてくれました。
祖父の古い金庫と格闘した夏の記録